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o z k n . n e t: 我ら、時 &1

wareratoki:

image


ozkn.netをご覧のみなさまへ࿁࿀⃝◯⃝⎔ㅇ⎔


とうとう一年間の節目が来てしまいました。

「東京の街が奏でる」が終わって間もない一年前のあの日から

沢山の投稿、驚くほどの閲覧 共にありがとうございました。

おかげさまでみなさんと一緒になって一年の間 この幌馬車の車輪をゆったりと楽しんで廻す事ができました。

この場所は ムラもなく淡々と青々と育って いつのまにか ちょっと他ではみた事のない内容/ムードの空間になっていたと思います。

色々な、本当に色々な人のそれぞれの環境でのさまざまな日常/人生の 灯りの色と光

ともすればついうっかりと見過ごしてしまいがちな…

o z k n . n e t: うぶごえ

wareratoki:

生まれることを
産声をあげる

といいます。
声を出すことは生まれること。

わたしがはじめて小沢さんのcdを買ってきいたのは、毎日の環境学であって、それはとても珍しいのかもしれない。

そのときわたしは、歌にたいして完全にきょうみを失っていた。
うんざりしていた。歌に。

言葉がない音楽を、求めていた。

それで、いろいろ聞きたい音楽を探し試しているうちに毎日の環境学にあたって、わお!これこれ!という感じで、それからうさぎ!も読んだ。たぶん七話まで、でてたと思う。


わたしたちは、 黙ったり、話したりする。


咀嚼できないことを、咀嚼するには、
しばらくの時間が必要で、
食べながらしゃべるのはきたないのと同じような感じだ。

o z k n . n e t: ふんころがしのおっさんのはなし

wareratoki:

※これは、地球上の様々な方々にはなしを聞いたものをまとめたものです。


わしのはなしが聞きたいん?

よっしゃ、ちょっと待っとき。
(といって、糞を横に置いてきてくれる)


わしらの仲間はな、たとえば奈良公園にたくさんおるよ、

鹿ばっかみんなは見とーけどな

わしが糞の世話しとるからこんだけ綺麗なんやで?


もう、人間っちゅったら、鹿が可愛いだの、大仏がでかいだの、

そういうんばっかやの、

ま、べつにええけど。



古代ギリシャでは、わしらは、偉かったんやで、

惚れた

o z k n . n e t: 風のはじまり

wareratoki:

いろいろな人の動きには、なんらかの、原動力があって、

それによって、動いたり、それによって、物事が起こったり、、、、

という風に世界は、なっているのですが、

その根っこの原動力のところについて、

意識的であったり、無意識であったりします。

西洋の哲学というものをよく見ていると、

それというのは、だれだれは、こう書いている、ということが、根拠になるのです。

それをもとに、考えていくことが許される、学問上の方法なんだなあと思います。

「不安は、ある可能性―自己の実存を充足させるある可能性―がその人に向かって現れてくる、その時点で起こるものなのです。しかし、まさにこの可能性そのものが、現在の安定感を破壊する可能性をも含んでいて、その安定感のほうを得ようとすると、新しい可能性が否定されてしまうという傾向も生まれてくるわけです」(ロロ・メイ『存在の発見』)

o z k n . n e t: 勝手にドアノック・ミーティング(ゆる募)

wareratoki:

近頃、「とりあえず集まってみる」ことの効用、ほんのりとした手応え、のようなものを感じ始めました。

”集まってみる”については、確か『うさぎ!』の所々で触れられていたんです。それが気になっていて。以前に投稿した通り「豊かさ」や「働き方」について悶々と考えていた私は、しばらくの間、書物を読んだりそれについて研究できそうな大学院を探したり、とにかく一人で考えていました。でも、数ヶ月すると、どうやらこれは、誰かと話してみた方が良さそうだと、集まってみたら違う何かが生まれるかもしれないと、感じ始めました。

o z k n . n e t: あの窓

wareratoki:

ちょうど半分は語られていない。


はっきりいって。


そのことがいらつく。







思うのは、逸脱する瞬間。


人との出会いなり、ロックなり、小説なり、なんなり、人によるけど、中学生のとき、高校生のとき、


強烈なパンチがやってきたときがあったでしょう。


あれ!?っと、突然「こういう風に見て」といわれている世界が崩れて見えたとき。


そして、やってくる声。光。感触。


o z k n . n e t: ころころころころ

wareratoki:


冬に近付くと、編み物したくなります。

靴下ばっかり。。




手芸っていうのは、なにか、不思議なものですよね。手を動かすと、頭がすーとする。



あの、ガンジーさんは、独立するのには、イギリスからの機械文明からの独立が、必要だと考えたそうで、

チャルカという、小さくかわいい糸紬の箱を作り、広めました。


その気持ちががとてもわかる。人の手からしかはじまらない。(kさんも言ってる。http://ozkn.net/post/33951093771/29




自らやりたくてやっているはずのことが、突然虚しく思える時がある。そんな時は、要注意。何者かからやらされている可能性が大だから。
手触りのある、実感を伴った日常は、よほど研ぎ澄まさないと訪れない。

のがけ次回 タイムトラベル茶会

nogake:

10/6
タイムトラベル茶、用意予定!(変更可能性あり) 1987年から現代へ、タイムトラベルしましょう。ほんとに、できちゃうのよ。うふふ。 話題 この、百年をタイムトラベルしたとしたら。 わたしたちの体、何万年も変わらない体、気持ち、それと取り巻く環境、思想、考え、、タイムトラベル茶会へどーぞ♪

(nogake-deactivated20121121から)

ひさしぶりのがけ、

nogake:

何回目ぐらいなんでしょう?27回目かな?
19か26日、夜八時からのがけ。
こられるほう連絡ください!

夕飯は食べてくるか、奈良で食べてから来てください。

夜の奈良をぶらつきます!
ひさしぶりののがけ楽しみにしてます。

初めて、ひさしぶりの方もどうぞどうぞ! お茶とか用意してゆきます! 夏の夜のおもしろい過ごし方!

(nogake-deactivated20121121から)

o z k n . n e t: 我ら、時 &1

wareratoki:

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ozkn.netをご覧のみなさまへ࿁࿀⃝◯⃝⎔ㅇ⎔


とうとう一年間の節目が来てしまいました。

「東京の街が奏でる」が終わって間もない一年前のあの日から

沢山の投稿、驚くほどの閲覧 共にありがとうございました。

おかげさまでみなさんと一緒になって一年の間 この幌馬車の車輪をゆったりと楽しんで廻す事ができました。

この場所は ムラもなく淡々と青々と育って いつのまにか ちょっと他ではみた事のない内容/ムードの空間になっていたと思います。

色々な、本当に色々な人のそれぞれの環境でのさまざまな日常/人生の 灯りの色と光

ともすればついうっかりと見過ごしてしまいがちな…

o z k n . n e t: うぶごえ

wareratoki:

生まれることを
産声をあげる

といいます。
声を出すことは生まれること。

わたしがはじめて小沢さんのcdを買ってきいたのは、毎日の環境学であって、それはとても珍しいのかもしれない。

そのときわたしは、歌にたいして完全にきょうみを失っていた。
うんざりしていた。歌に。

言葉がない音楽を、求めていた。

それで、いろいろ聞きたい音楽を探し試しているうちに毎日の環境学にあたって、わお!これこれ!という感じで、それからうさぎ!も読んだ。たぶん七話まで、でてたと思う。


わたしたちは、 黙ったり、話したりする。


咀嚼できないことを、咀嚼するには、
しばらくの時間が必要で、
食べながらしゃべるのはきたないのと同じような感じだ。

o z k n . n e t: ふんころがしのおっさんのはなし

wareratoki:

※これは、地球上の様々な方々にはなしを聞いたものをまとめたものです。


わしのはなしが聞きたいん?

よっしゃ、ちょっと待っとき。
(といって、糞を横に置いてきてくれる)


わしらの仲間はな、たとえば奈良公園にたくさんおるよ、

鹿ばっかみんなは見とーけどな

わしが糞の世話しとるからこんだけ綺麗なんやで?


もう、人間っちゅったら、鹿が可愛いだの、大仏がでかいだの、

そういうんばっかやの、

ま、べつにええけど。



古代ギリシャでは、わしらは、偉かったんやで、

惚れた

o z k n . n e t: 風のはじまり

wareratoki:

いろいろな人の動きには、なんらかの、原動力があって、

それによって、動いたり、それによって、物事が起こったり、、、、

という風に世界は、なっているのですが、

その根っこの原動力のところについて、

意識的であったり、無意識であったりします。

西洋の哲学というものをよく見ていると、

それというのは、だれだれは、こう書いている、ということが、根拠になるのです。

それをもとに、考えていくことが許される、学問上の方法なんだなあと思います。

「不安は、ある可能性―自己の実存を充足させるある可能性―がその人に向かって現れてくる、その時点で起こるものなのです。しかし、まさにこの可能性そのものが、現在の安定感を破壊する可能性をも含んでいて、その安定感のほうを得ようとすると、新しい可能性が否定されてしまうという傾向も生まれてくるわけです」(ロロ・メイ『存在の発見』)

o z k n . n e t: 勝手にドアノック・ミーティング(ゆる募)

wareratoki:

近頃、「とりあえず集まってみる」ことの効用、ほんのりとした手応え、のようなものを感じ始めました。

”集まってみる”については、確か『うさぎ!』の所々で触れられていたんです。それが気になっていて。以前に投稿した通り「豊かさ」や「働き方」について悶々と考えていた私は、しばらくの間、書物を読んだりそれについて研究できそうな大学院を探したり、とにかく一人で考えていました。でも、数ヶ月すると、どうやらこれは、誰かと話してみた方が良さそうだと、集まってみたら違う何かが生まれるかもしれないと、感じ始めました。

o z k n . n e t: あの窓

wareratoki:

ちょうど半分は語られていない。


はっきりいって。


そのことがいらつく。







思うのは、逸脱する瞬間。


人との出会いなり、ロックなり、小説なり、なんなり、人によるけど、中学生のとき、高校生のとき、


強烈なパンチがやってきたときがあったでしょう。


あれ!?っと、突然「こういう風に見て」といわれている世界が崩れて見えたとき。


そして、やってくる声。光。感触。


o z k n . n e t: ころころころころ

wareratoki:


冬に近付くと、編み物したくなります。

靴下ばっかり。。




手芸っていうのは、なにか、不思議なものですよね。手を動かすと、頭がすーとする。



あの、ガンジーさんは、独立するのには、イギリスからの機械文明からの独立が、必要だと考えたそうで、

チャルカという、小さくかわいい糸紬の箱を作り、広めました。


その気持ちががとてもわかる。人の手からしかはじまらない。(kさんも言ってる。http://ozkn.net/post/33951093771/29




自らやりたくてやっているはずのことが、突然虚しく思える時がある。そんな時は、要注意。何者かからやらされている可能性が大だから。
手触りのある、実感を伴った日常は、よほど研ぎ澄まさないと訪れない。

のがけ次回 タイムトラベル茶会

nogake:

10/6
タイムトラベル茶、用意予定!(変更可能性あり) 1987年から現代へ、タイムトラベルしましょう。ほんとに、できちゃうのよ。うふふ。 話題 この、百年をタイムトラベルしたとしたら。 わたしたちの体、何万年も変わらない体、気持ち、それと取り巻く環境、思想、考え、、タイムトラベル茶会へどーぞ♪

(nogake-deactivated20121121から)

ひさしぶりのがけ、

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何回目ぐらいなんでしょう?27回目かな?
19か26日、夜八時からのがけ。
こられるほう連絡ください!

夕飯は食べてくるか、奈良で食べてから来てください。

夜の奈良をぶらつきます!
ひさしぶりののがけ楽しみにしてます。

初めて、ひさしぶりの方もどうぞどうぞ! お茶とか用意してゆきます! 夏の夜のおもしろい過ごし方!

(nogake-deactivated20121121から)

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